自分のこと、フェアに見ていなかった。
見ているつもりだったけど。
見かけによらず?
私は、事前にあれこれ考えてしまう。
もっとドーンと構えられたらいいのに、
本番前はいつも緊張します。
そんな自分をなんとかしたい。
でも、最近、ある人に言われました。
“だから、準備もするし、練習もする。”
その通り。
できる限りの準備と練習をします。
だから、できたことがある。
そっち側も確かにある。
片一方だけ見て、もう片方を忘れてた!
心配しがち、緊張しがち なだけで、
悪くない。
そうか、と楽になりました。
ビビらなくなったわけではないけれど、
なくそうとしなくてオッケー。
そういう自分もいていいよと思えました。
なくなれば、
準備する自分、練習する自分もいなくなる。
それに、私を構成する要素はひとつじゃない
他の私もある。
気は小さいけど、弱くはない。
やらずに後悔したくないから、
少しくらい無理そうでもトライしたい。
だから、ビビリながらも、やるのかな。
自分の中のいろんな自分に優劣をつけずに、
そのまま受け入れたい。
まずは、自分で練習して、他の人と接するときも。
無意識にしているいい/悪いのジャッジ。
→評価しないで、事実を認めるだけ。
ひとつの側面しか見ていないこと。
→ものごとの裏表、いろんな角度から見る。
そうすればきっと、
起こったことへの対応も違ってくるし、
目の前の相手との関わりも深くなる。
自然な息でいるときの元々の自分。
開いてくる。そのときの身体感覚。
時々気づく、閉じた自分。
そんなときは、大抵周りが見えていない。
ひとつの側面に固執している。
その視野が狭いときの身体感覚。呼吸。
自分をフェアに見て、自分を知る。
呼吸の視点から、身体から。
呼吸•整体の学びから、
私が気づいたことをシェアしました。